ある女子生徒の学級日誌

六月二日 水曜日 プールの授業

六月二日 水曜日

日誌担当:ぐらみずき(女子日直)

 今日は、特別な行事などはありませんでした。

 ですが、中学校に入学して初めての、プールの授業が行われました。

 授業の前の休み時間に、私たちは教室で、着替えを行いました。そしてそれは、体育前の、いつものことでした。だって、更衣室などないのですから。

 私たちの中学校では、昨日、つまり六月一日に衣替えを迎え、制服が夏服に替わりました。

 最近では、中間服がある学校も多いと聞きます。また、その衣替えの時期には、気温や天候に応じて、夏服と冬服のどちらを着てもいい学校も少なくないと思います。

 でも、私たちの学校では、そんなことは一切ありません。冬服から夏服への衣替えは、毎年六月一日と、校則で厳密に決められています。その前までは、どれだけ暑かったとしても、冬服をきちんと着なければなりませんし、それ以降は、どれだけ肌寒い日でも、夏服を着用しなければならないのです。

 それは、どこか納得できないという考えが、ふと頭をよぎることもあります。それでも、仕方のないことだと思います。なぜならば、学校でそう決められているのですから。

 私は、男の子も、女の子も、みんなが一緒にいる教室で、替わったばかりの夏服を脱ぎ始めました。

 まず私が脱いだのは、学校指定の上履きでした。続いて、三つ折りソックスを脱ぎました。少しでも当たり障りのないものからという考えが、私にあったからですが、それがただの時間稼ぎでしかないことも、入学以来の経験で、もちろんわかっていました。

 次に脱いだのは、夏服として初めて身に着けた、紺色のベストでした。ベストといっても被り込むものではなく、プラスチック製のボタンがついていて、前開きになっているそれは、冬服のシングルイートンの上着よりは若干薄いものの、それでも同じ種類の生地が使われています。また、左胸につけられたポケットには、学年、組、そして名前の書かれた白い布製の名札が縫い付けられていますが、それも含めて、それらは当然ながら、校則で厳密に決められたものです。

 あとは、身体測定前と同じ順番で、制服を脱いでいきました。丸襟のブラウスは半袖になっていましたし、車ひだスカートも少し薄手の生地にはなっていましたが、それでも冬服とは大きな違いはありませんでしたから。

 そこまで脱ぎ終わった私は、当然ながら、白いシミーズ姿になっていました。そして、木綿地で作られた胸部分と、化繊で作られたスカート部分からできたそれは、冬でも夏でも、まったく変わらないのです。

 教室でこの格好になったのは、何度目のことでしょうか。この中学校に入ってから、もう三か月目に入ったのですから、とっくに慣れていてもいいはずだと、自分でも思います。ですが、それでもやっぱり、恥ずかしさを感じずにはいられませんでした。

 今となってはすっかり肌になじんだシミーズを、私は大きくまくりあげると、いつもと同じように脱いでしまいました。それだけで、私の上半身を覆うものは、なにもなくなってしまったのです。

 まだ月も始まったばかりなので、今月の身体測定はまだ行われていません。当然、先月のブラジャー認定に合格できなかったのですから、私の胸がすっかりとあらわになってしまうのは、当然のことでした。

 そして、今月の測定は明後日行われることになっていますが、残念ですが、おそらく認定が出ることはないと思います。私の胸は、先月からほとんど成長していないのですから。

 そのことに、少しため息をついた私でしたが、おっぱいをさらけ出したまま、ただ突っ立ているわけにもいきません。それに、授業前の休み時間に着替えているのですから、時間もそれほどないのです。

 私は、指定シミーズを丁寧に折りたたむと、机の上で積み重なっている制服の上に置きました。もちろん、ゼッケンがはっきりと見えるようにです。

 普通の体育の着替えであれば、このあとは丸首半袖の体操服とブルマを着て、ということになるのですが、今日からは、九月の末まではプールの授業となります。ですから、これだけでは、まだ脱ぎ足りないということは、私にもわかっていました。

 私は、白い木綿のパンティーに手をかけました。そして、それを一気に足元まで下ろすと、脱ぎ去ってしまいました。そして、折りたたむために一度広げたそれを見て、私は顔が真っ赤になる思いでした。

 今日は日直ですから、私は、学年の花壇に肥料を与えなければなりません。そして、前の休み時間に、それを行っていたのです。

 周りを覆うものなどなにもなく、行き交う他の生徒たちや、金網越しに外から丸見えのその場所で、一人で肥料を与えるのは、やはり恥ずかしいことでした。ですが、きれいな花を咲かせ、校内環境を向上させるために、これはその日の日直に課された役割でしたから、仕方のないことです。

 私は、薄曇りの空の下で、下半身を丸出しにしたままおしっこをしました。汚してしまわないように、パンティーもスカートも、完全に脱いでからするようにと、先生に指示されていたためです。

 一滴でも多く与えられるように、んでいたおしっこを一気に解放するのは、とっても気持ちがよかったです。そして、それに続いて出したウンチは、数日ぶりのものでした。少し便秘気味の私でしたが、学校の花壇を世話するという使命感のためか、それをひねり出すことができたので、ホッとしました。

 花壇の一部分ではありましたが、私のおしっこがきらめいていて、その上に茶色くて太いウンチが横たわっていました。そして、本当であれば、前回の花壇作りのように混ぜ合わせるべきなのでしょうが、すでに花が植えられているため、それ以上のことは行わなくてもよいとされていたのです。

 そんな花壇を見て、ちょっとした満足感とともに、開放感に包まれていた私は、あることに気づきました。私は、トイレットペーパーを持ってきていなかったのです。しかも、いつもは持ち歩いているポケットティッシュも切らしていたのです。

 一瞬、どうしようかと思いました。このままパンティーを穿いたらどうなるかということに、考えが及んだためです。ですが、いつまでも割れ目とお尻をさらしているわけにもいきません。時間も余りありませんでしたから、その時の私は、そのままパンティーを穿き込んだのです。

 その結果を、私はまざまざと見せつけられていました。パンティーの前面が薄黄色く染まっているのが見て取れたのです。それは、縫い付けられたゼッケンをも汚していたことから、拭き取らなかったおしっこが広がって染みになってしまったものだということがわかりました。

 そして、その内側、クロッチからさらには上側にかけて、お尻の割れ目に沿うような形で、茶色いなにかがこびりついていたのです。そしてそれは、拭き取ることのできなかったウンチだということは、明らかでした。

 私は、そんな恥ずかしいパンティーを、どこかに隠してしまいたい気持ちに駆られました。ですが、それもほんの一瞬だけのこと。いつものように、ゼッケンがきちんと見えるようにたたむと、先ほど置いたシミーズの上に重ねたのです。もちろん、おしっこの染みもはっきりと見えてしまうのですが、仕方ありません。それは、学校で服を脱ぐ際の手順として決められていたことですから。

 余計な感情にとらわれてしまったためか、ずいぶんと時間が押していることに、その時の私は気づいていました。ですが、ここまでくれば、プールの授業のための着替えは、ほぼ終わったようなものです。

 私は、学校指定の赤いスイミングバックを手に取りました。小学校時代と違って、巾着式になっているそれに手を入れると、その中をまさぐりました。そして、中身の大部分が、ラップタオルで占められていましたが、なぜこんなものが学校指定品になっているのか、私にはわかりません。

 バスタオルの長い方、その一辺にゴムが通っているそれは、被り込むことで、着替えをする時に裸を見られないようにする構造になっていました。そしてそのことは、小学校時代のプールにおいて、すでにおなじみだったのです。

 ですが、この中学校では、そのような使用の仕方は、一切認められていないということは、これまで書いてきたことからも明らかです。それでもなお、指定品はラップタオルだったのです。

 そんな、考えてもしょうがないことを胸に抱きながら、私はバッグの中をあさると、ようやく目的のものに手が触れました。取り出したそれは、赤いスイミング帽でした。前の部分に、白いゼッケンの貼られたそれを、私は頭へと被り込んでしまいましたが、ようやくとこれで、着替えが終わったのです。

 そうです。これで、着替えは終わったのです。この学校では、プールの授業は全裸で行うと、そう決められていたのですから。いえ、厳密に言えば、先ほど書いたスイミング帽だけは被らなければいけないのですが、それすらも、かえって私たちの恥ずかしさを増す効果しかなかったように思います。

 どうして、裸でプールの授業を受けなければならないのかということは、先生からきちんと説明がありました。ひと言で言ってしまえば、「健全な肉体に、健全な精神」という校是、モットーを具現化するためということでしたが、よくわかったような、わからないような、そんな気がしたのです。でも、裸で泳ぐこと自体はスキニー・ディップといって、外国では以前、YMCAを含めた学校などで、広く行われていたことだと明言されてしまったのです。

 いずれにしても、学校の決まり、先生の言うことは絶対です。それに、着替え自体は終わりましたが、まだ準備がすべて終わったわけではないのですから。

 私は、隣にいるえんどうくんの方を向きました。私と同じように、スイミング帽だけを被っていましたが、その色が青だったのはいうまでもありません。そして、油性のフェルトペンを渡すと、お願いをしたのです。

 遠藤くんは、私のおっぱいの下側からお腹の上側にかけて、学年、組、そして私の名字を丁寧に書き込んでくれました。そしてそれは、体操服のゼッケンが貼られている場所と、ほぼ同じだったのです。水着を着ないのですから、それは当然のことでした。なにしろ、素肌にゼッケンを縫い付けることなどできないのですから。

 私は、くすぐったさに身をよじりそうになりながらも、遠藤くんの視線が、私のおっぱいや割れ目にチラチラと向いていることに気づきました。ですが、なにも言いませんでした。私も、遠藤くんに、ゼッケン代わりの文字を書き込む時に、おちんちんをチラ見してしまったのですから、おあいこだったのです。

 そんなこんなで、お互いに書き合った私たちでしたが、教室中から、くすぐったそうな声が漏れていることからも、みんなが同じようにしているのは明らかでした。

 やがて、スイミング帽以外、ほぼ素っ裸の私たちは、廊下に整列すると、列を乱すことなしに行進しはじめました。そして、プールを目指したのです。

 もちろん、制服を着た他のクラスや学年の生徒たちが行き交う廊下や渡り廊下を、そんな格好で歩くのは、いまだに恥ずかしいことでした。人間、どんなことにも慣れてしまうものといいますが、私はそんなことにはならないのではと思います。これは、私だけでしょうか。

 ともかく、やがてプールに到着しましたが、そこでは合同で授業を行う、隣の組の人たちがすでに到着していました。

 すぐにチャイムが鳴り、授業が始まりました。そして、私と遠藤くん、そして隣のクラスの日直が、前に出て、準備体操のお手本になるようにと、先生から指示が出されたのです。

 みんなの前で、そちらを向いて立ったのですから、クラスメイトたちの姿がはっきりとわかりました。もっとも、それは、級友たちからも、私たち日直がはっきりと見えているということでもあったのですが、その時には、そこまで考えが及びませんでした。

 私たちは、身体測定の邪魔にならないよう、アソコの毛は脱毛するように決められていました。ですから、生え始めたかどうかにかかわらず、全員がツルツルの割れ目とおちんちんだったことは、いうまでもありません。

 体操中、男の子たちのおちんちんが、上下左右に揺れ動くのがはっきりと見えました。ほぼ全員が、いまだに先端を皮で覆われている、つまりは仮性包茎か真性包茎でしたが、そのことは前々回の日直の時に、「股間」担当を行ったのでわかっていたことでした。ですが、クラスでただ一人、おおくんだけが違ったのです。

 大根くんのおちんちんは、ピンと天を向いて立っていました。そしてそれは、先端がすっかりけきっていたのです。その形状が「露茎」ということは、身体測定当番の時に教わっていました。

 おそらく大根くんは、おちんちんトレーニングを頑張ったのでしょう。二か月前、私が「股間」を測定した時には、露茎の人は一人もいなかったのですから、大根くんがそうなったのは、最近のことだと思います。

 男の子たちは、最低でも仮性包茎になること、できれば露茎になることを目標にして、おちんちんトレーニングを行っているということは、先生から聞いていました。そして、いつでも勃起していられるようにすることが努力目標だとも聞いていましたが、大根くんはその目標を達成できたのだと思いました。

 そして、そんな彼のことを、とても偉いと思いました。これからは、さらにおちんちんが大きくなるようにトレーニングを続けていくことになると思いますが、頑張って欲しいです。

 一方で、女の子の方に目を向けると、ひときわ目立っていたのはうしじまさんでした。体を動かすたびに、大きなおっぱいがぽよんぽよんと、上下左右に、意志を持ったように動き続けていたのです。

 牛島さんは、四月に行われた一回目の身体測定で、学年でも唯一ブラジャー認定を受けたということは、広く知られていたと思います。身長は高いものの、別に太っているわけでもないのに、おっぱいだけは大人の女の人顔負けなぐらい大きかったのですから。

 そんな彼女を見て、いいなと思いましたが、人をうらやんでも仕方ありません。私も、一か月でもはやくブラジャー認定を受けられるよう、改めて努力しようと心に誓ったのです。

 もう一人、目の前に立っていたくりばやしさんも、私の目を引きました。まだ、小学生と間違われるくらい小柄な栗林さんでしたが、そのつるりとした割れ目の上端から、あるものが飛び出しているのがわかりました。

 私の小指くらいの大きさをしたそれが、クリトリスだということに気づきましたが、それは私にとてつもない驚きを与えました。前方斜め下に突き出したそれが、体の動きにあわせて、男の子のおちんちんと同じようにぴょこぴょこ揺れ動いていたのです。

 私は、純粋にすごいなと思いました。そして、よっぽどクリトリストレーニングを頑張ったんだろうなと、感心しました。私も、ちょっと気を抜くとふたたび皮を被ってしまうとはいえ、それでも、一度剥きあげれば、しばらくはそのままにしておくことはできるようになりました。でも、その大きさでは、栗林さんの足元にも及ばないのです。

 どんなふうにすると、そんなにクリトリスを大きくできるのか、今度聞いてみたいと思います。ロングホームルームの時に、みんなに発表してもらうのも、いいかもしれません。

 その後の授業自体は、特に変わったこともありませんでした。

 平泳ぎの練習の時に、足の動きを見てもらうため、遠藤くんに後ろに立ってもらったのですが、そのため、私の割れ目もお尻もすべて見られてしまいましたが、それは仕方ありません。きちんとアドバイスしてもらうためですし、私も遠藤くんに対して、同じことをしたのですから。

 そして、元々どんよりと曇っていましたが、授業の途中には、あいにくの雨模様となってしまいました。気温も下がり、みんながくちびるを青くし、鳥肌を立てているのがわかりました。そしてそれは、私も同じだったと思います。

 やがて、体が冷え切ってしまったためだったのでしょう。授業中にもかかわらず、おしっこをしたいと申し出る生徒が続出しました。ですが、その数の多さに、そのすべてを許可していては授業にならないと、先生は判断したようです。

 そして、次のような指示が出されました。そのまま、プールの中でしてしまうように、と。

 その途端、プールのあちらこちらで、安心した声が漏れました。さらに、クラスメイトや隣のクラスの人たちが、ホッとした表情に変わっていくのがわかりました。また私も、そんなみんなの中の一人だったのです。

 そんな、大量に放たれたおしっこのためなのか、プールの表面から、若干湯気が立ち上っているように見えました。そして、みんなの力をあわせて、水温も上げることができたプールの中で、私たちは平泳ぎの練習を続けたのです。

 今日は、冒頭にも書きましたが、四月や五月と違って、特になにも行事などはありませんでした。ごくごく平凡な、何事もない一日でした。ある意味、楽な日だったともいえるかもしれません。

 ですが、事故などもなく、なにも特別なことが起こらない、普通の学校生活というものが、一番大事なのかもしれないと思いました。
      

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