御手洗さんはクラスの便器

第五話 ただの便器

 は、ブラジャーとショーツのみを身に着けた格好で、立ち尽くしていた。みんなに取り囲まれた、白いタイルの上でだ。

「えっと……」

 そんな彼女のことを見ていたむつは、不意に困惑した声を上げた。それは、菜乃の気持ちに気づいたためかとも思われたが、そうではなかった。

「先生。私、このタイプは、着けたことがなくって……。まだ、ハーフトップだからさ……」

 ゆうは、少女の言わんとしていることがわかったのだろう。しようの方へ向き返ると、代わって指示を出す。

とうくん。背中側に、ホックがあるの。まずは、それを外して……」

 相も変わらず、いつもと同じ口調でそう告げた優花に、翔太は軽く頷いた。そして、菜乃の前方から、彼女を抱き締めるような形で、その部分へと手を回していく。

「や……、な、なに……?」

 少女は、顔を真っ赤にしながら、かろうじて、そうつぶやいた。だが、行動としては、やはりあらがうことができない。

 翔太は、厚手のゴム手袋のせいで、難儀をしていた。だが、それでも数秒ほどで、ホックを外してしまう。

「そのまま、両腕から抜いてあげて……」

 菜乃は、相も変わらず、直立不動のまま、動くことができずにいる。だが、そんな格好が、逆に幸いすることとなった。少し手間は掛かったものの、翔太はなんとか、少女の両腕からブラジャーを引き抜くことができた。

 今や、菜乃の胸は、衆目にさらされていた。そして、それはまだ、慎ましやかな膨らみでしかなかった。ジュニアブラをつけていた時にはそれなりの膨らみに見えていたものの、実際には、内蔵されたクッションパッドの厚みが大部分を占めていたためだ。そして、そんなわずかながらの膨らみの頂点には、薄桜色の突起があったが、それもまだほんの小さなものでしかなかった。

 菜乃は、もはやパニック状態だった。今すぐにでも、この場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。だが、実際には、身動きを取ることができない。

「あとは、もう、わかるわよね? 男の子でも、女の子でも、別に違いはないものね」

 だが、そんな少女の気持ちには、当然のように気がつかないのだろう。優花は、相も変わらず平然と言ってのけた。

 それは、具体的な指示ではなかったが、事ここに至っては、どうするべきなのかということは、翔太にもわかっていた。なにしろ、残されているものは、ひとつしかないのだ。

 ふたたび、菜乃の前にしゃがみ込んだ少年は、少女のショーツの腰ゴムへと指をかけた。もちろん、ゴム手袋をはめたままだ。そして、そのまま、足首まで引きずり下ろしてしまう。

「や、やぁ……っ。やめて……」

 そんな少女の懇願にも、翔太は、さも当然のごとく、手を止めない。それどころか、菜乃へと語りかけてきた。

らい、その……、脚、あげて……。ゆっくりで、いいから……」

 それは、ぶっきらぼうな言い方ながら、やはり気遣いを感じさせるものだった。そんな翔太の言い方に、まるでなにかに操られるように、菜乃は脚をあげてしまう。片方ずつだ。

 いまや、ショーツも取り去られてしまった菜乃は、それでも直立不動の姿勢で立っていた。クラスメイトたちに囲まれた白いタイル……、つまりはクラスのトイレの中央にだ。

 もはや、少女の秘すべき部分は、すっかりとさらけ出されていた。その部分には、一切の翳りがなく、その割れ目も、ぴっちりと閉じ合わさった、一本の縦筋に過ぎなかった。そこは、非常に幼さを感じさせるものだったが、菜乃自身も、そのことにコンプレックスを抱いてはいた。もっとも、そのことまでは、誰にもわからなかっただろうが。

「やっ……、み、見ないで……」

 涙目になりながら、かろうじて、そうつぶやいた菜乃。そんな彼女は、教室中の注目が、自らの裸体に集まっていると思っていたのだが……。

「ほら、そこの人、おしゃべりしない」

 不意に、優花の声が飛んだ。

「そっちの人も、スマホなんか見てないで。そんなことしてると、没収しちゃうわよ」

 そんな教師の叱責に、「すみませーん」という声が返ってきた。そして、教室中が、笑いに包まれる。

 菜乃は、意外な思いに囚われていた。同級生の女の子……、つまりは、自分が全裸をさらしているにもかかわらず、そのことについて、誰もなにも言ってこない。揶揄する声すら聞こえない。それどころか、全然関係ないことをしていた者までいるというのだ。

 もちろん、菜乃としては、自分の裸身を見てもらいたかったわけではない。だが、当然のこととして、みんなの注目を集めているものと思っていたのだが……。

「もう……、自分は便器係じゃないから、関係ないって思ってるんでしょ。たしかに、便器の準備なんか見ていても、面白くないかもしれないけど……、一応は授業中なんですからね?」

 そんな言葉を聞きながら、菜乃は、不意にあることを思い出していた。睦美も、翔太も、そして優花も、同様に言っていたではないか。便器の準備、と。

 そう、「便器」の準備なのだ。クラスメイトに取り囲まれている自分は、「便器」でしかないのだ――。そのことに思い至った菜乃は、さらなることに気がついて、驚愕した。

 クラスの「便器」が、目の前でどんな状況になっていようと、彼ら、彼女らにとっては、どうでもよいことなのだ。なにしろ、ただの「便器」でしかないのだから……。

 でも、自分は便器なんかじゃ……。そう考えた瞬間、菜乃の頭に激しい痛みが走った。それと同時に、脳内が、再びあの言葉で満たされる。

 ――私は便器。

 ――私は便器。

 ――私は便器。

 そして次第に、自分がなにか思い違いをしていたのではないかという気になってくる。自分は人間の女の子、みんなのクラスメイトだと思っていたのは、間違いだったのではないか。だって、私は……。

「おい、御手洗……」

 翔太の声が、菜乃のことを、ふたたび思考の迷宮から引き戻した。

「えっ……?」  

 まだ、ボーッとしたままの少女に対して、彼はこう続けた。

「みんな、待ってるから。はやく、穿いちゃおう……。だから、もう一度、脚あげて……」

 視線だけを動かした菜乃は、自分の足元で、翔太がなにかを広げていることに気がついた。両手を使ってだ。そして、白いそれを見た少女は、少年がふたたび、ショーツを穿かせようとしているのだと思った。

 どうして、先ほど脱がせたものを、もう一度、わざわざ穿かせるのか。それは、わからない。だが、その部分を隠すことができるのだ。どこか現実感を持てぬまま、それでも自分にとっては、願ってもないことだということぐらいは、菜乃にも理解できた。いくら、誰も気にしていないだろうとはいえ……。

 ボケッと立ったまま、どこか視線の定まらない菜乃は、それでも、言われるがままに脚をあげてしまう。そして、そんな彼女の協力のおかげで、翔太は白いそれを、無事に穿かせることができた。

 だが、その感触に、菜乃は違和感を覚えた。それは、先ほどまで穿いていたジュニアショーツよりも、かなり大きな造りになっていることがわかる。その腰回りは、優に少女のへそを覆い隠すぐらいの高さまで達していたのだ。その上、感触そのものが、明らかに違う。先ほどまでの、綿混素材の柔らかさは微塵もなく、カサカサとして、少し冷たさを感じる。

 直接見なくても、先ほどまで穿いていたショーツとは、別のものを穿かされたことぐらいは、菜乃にもわかった。だが、それにしても、なにかがおかしい。そもそも、こんな感触のするショーツなど、あるものだろうか……。

「な、なに……、穿いたの……?」

 少女は、ポツリとつぶやいた。

「……?」

 翔太は無言のまま、それでも、少し不思議そうな表情を見せた。

「なんか……、冷たい……。それに……」

 たどたどしく、それでも違和感を訴える菜乃に、優花が話しかけた。それは、少女を安心させるようとする、そんな口調だった。

「御手洗さん、そんなに心配しないで。ただのパンツ……、なんだから」

 そして、少女の前に、あるものを掲げる。それは、柔らかな直方体だったが、ある商品のパッケージだということがわかった。全体的には、薄紅色になっているそれには、大きな文字で、次のように書かれていた。「女性のためのさらっとパンツ 長時間でも安心」と。

「そ、それって……」

 菜乃でも、それがなにかは、即座に理解できた。だが、あまりのことに、言葉が続かない。

「だから、御手洗さんが穿くパンツよ。ほら、ここにも、そう書いてあるじゃない……」

 そう言って、パッケージに記された文字を指し示したが、到底そんなことでは納得できない。商品戦略上、そう書いてあるだけで、それは紛れもなく、介護用の紙オムツだったからだ。

「ど、どうして、そんなもの……。や、やだっ……」

 頭がうまく回らない中、それでも、抗おうとする菜乃。だが、そんな少女に対して、優花は平然と話を続ける。それどころか、なぜ彼女がそれほどまでに嫌がっているのか、それを不思議に思っているような素振りまで見せていた。

「どうして……って。御手洗さんには、必要でしょ……?」

 なぜ、こんな当たり前のことを、わざわざ説明しなければならないのか……。優花の態度からは、そう思っていることが、手に取るようにわかる。それでも、教え子の疑問に丁寧に答えるのは、教師としての職業意識からだったのか、それとも、元来の優しさのためだったのか……。

「必要……?」

 だが、言われている菜乃には、皆目見当がつかない。

「だって、御手洗さんは、クラスのみんなに使ってもらう便器なのよ。いっぱい使ってもらうんだから、どうしても、御手洗さんだって、近くなっちゃうと思うの……」

 そこまで言った優花は、にっこりと微笑んだ。そして、少女のことを落ち着かせるべく、話を続ける。

「でも、安心して。ここにも書いてあるとおり、これだったら、約六回分は大丈夫だっていうから。放課後……、一日の一番後に、御手洗さんが係の二人に掃除してもらうまで、充分に持つと思うわ。それに、あっちだって、一回ぐらいは大丈夫なはずよ……」

「で、でも……、トイレに行けば……」

「あらあら、御手洗さんたら。トイレに行くって……、ここがクラスのトイレじゃない。それに、便器は御手洗さん自身なんだから、さすがに使えないでしょ? それに……」

 相変わらず、おかしなことを言うものだ――。そういう表情を見せながら、それでも優花は、懇切丁寧に、教え子に説いていく。

「ほかのトイレも、当然、使えないでしょ。だって、便器が便器を使うだなんて、そんなことおかしいって、御手洗さんでもわかるわよね?」

 一連の教師の説明は、菜乃にとてつもない衝撃を与える……かに思われた。だが、それは違った。

 ――私は、なんてバカなことを聞いたのだろう。そんなこと、当たり前のこと。いちいち、説明されるまでもないことなのに……。

 少女の頭の中には、そんな考えが浮かび上がっていた。そして、次の言葉が、それに追い打ちをかける。

 ――私は便器。

 ――私は便器。

 ――私は便器。

「さあさあ、まだ、準備は終わりじゃないのよ……」

 オムツだけを穿き、うつろな表情を見せている菜乃に、優花はそう微笑んだ。