防災訓練期間中、女の子はバケツに用を足してください

第三話 割れ目

 教壇に立っている純枝は、白い丸衿の半袖ブラウス、そして紺の角型被りベストといった、学校指定の制服を着ていた。真面目な彼女らしく、ブラウスのボタンは一番上まできちんと留めている。

 そして足には、膝下丈の白いスクールハイソックスと、ソールと爪先が学年カラーになっている上履きを履いていた。

 それらの部分、つまり上半身と足下は、どこか垢抜けない印象ながら、この学校の生徒としては、まさに模範的な出で立ちだった。

 だが、本来ならば、紺のスカートで覆われているべき部分は、決して模範的とはいえない。今や、その部分を覆う物は、スカートはおろか、ショーツを含め、一切ないのだ。

 そのため、純枝の秘すべき部分は、そのすべてが完全にさらけ出されていた。ブラウスとベストの裾は短すぎて、思春期を迎えた少女としては絶対に人目に触れさせたくない、秘密の部分を覆い隠す役には、立っていなかった。

「ちょ、ちょっと、山村さん……!? なんで……?」

 そんな、純枝のあまりにもれんな格好に、美香は度肝を抜かれた。男子たちもいる教室の中で、いきなり下半身をさらけ出すなど、思いもよらないことだった。そんな、はしたない格好を、公然と人目にさらす少女の行いを、教師として、受け止めきれずにいた。

 だが、少女としても、嬉々として実行したわけではない。そのことは、美香にも痛いほどわかっていた。
 
 全体としては、学校指定の模範的な格好にもかかわらず、肝心の部分だけが露わとなっている。そんな、どこか倒錯的な姿で立っている純枝は、頬を真っ赤に染め、全身を小刻みに震わせている。

 そんな彼女は、窓から吹き込むささやかな風と、突き刺さるような視線を、何物にも覆われていない下半身に感じながら、未だかつて経験したことのない恥辱に包まれていたのだ。

「はやく、パンツとスカートを……、せめてどちらかだけでも……」

 なにはともあれ、一刻も早く、露わになった下半身を覆い隠すようにと、純枝を説得……、いや、力尽くにでもそうさせなければならない。当然のように、そう思った美香だったが、なぜか身動きできないことに、気づき始めていた。

「先生、ごめんなさい。そして、ありがとうございます。でも私、学級委員として、これからちゃんと、みんなにお手本を見せないといけないから……」

 すっかり羞恥心に打ちのめされているはずなのに、それでも純枝は、自らの役目を果たすつもりでいた。

 そして、足下へ置かれたバケツを見下ろしたそのとき、教室の後ろから、男子の声が聞こえてきた。

「せんせーい! 山村さーん! 後ろからは見えませーん!」

 その言葉に、教室は男子たちの爆笑に包まれる。一方、教室の女子たちは皆、顔を赤らめ、少しうつむき加減になっていた。

「見えないんじゃ、お手本にならないよな!」

「そうだよ、もっと高いところでやらないと」

 クラスの中でも、やんちゃな部類に入る男子たちは、気楽な口調で、次々と文句を言う。

 その言葉に、純枝は羞恥心に苛まれながらも、言っていること自体の正当性は認めざるを得なかった。

 少女は、美香の方を向いて、こう尋ねた。

「先生、教壇の上にバケツを置いたのでは、後ろの人たちが見えないそうです。本来いけないことでしょうが、バケツを教卓の上に置いて、教卓の上でお手本を見せてもいいですか?」

 もはや、美香はうなずくことしかできない。

 純枝は、ブリキのバケツを教卓の上に置くと、自らも教卓にのぼり、その上に立ち上がった。そして、クラスメイトの方を向いたまま、はしたなくも両脚を広げると、バケツを跨いでいく。

 位置が高くなっただけあり、今や教室中から、純枝の姿がはっきりと見通せるようになっていた。少女は、少し開き気味になっている股間に、教室中の視線が集まることを意識させられ、全身がってくることを感じざるを得ない。

 そんな純枝の様子に、先ほどの男子たちは、口さがない言葉を投げかけてくる。

「おい、見てみろよ……。山村の割れ目、はっきりと見えるぜ……」

「山村って、アソコの毛、まだ生えてないだな……」

「でも、そのおかげで、アソコの形がよくわかるぜ。あんな風に、左右が盛り上がってるんだ」

 そんな、やんちゃな男子たちに、男の学級委員から叱責が飛んだ。
 
「おい、やめろよ。あんまり騒いじゃ、山村さんに悪いだろ……」

 こんな異常な状況の中でも、良識的な男子もいる……。そんな美香の思いを、次の言葉が打ち砕いた。
 
「せっかく、お手本を見せてくれるんだから、おとなしく見てないとダメじゃないか……」

 結局のところ、騒いでいることを注意しただけで、この信じがたい出来事を止めようとしたり、純枝のことを助けようとしたりしたわけではなかったのだ。

 実際のところ、男子たちの興味は尽きない。第二次性徴を迎えたとはいえ、まだ陰りすら見せないツルッとした割れ目に、視線は引き寄せられてしまう。しかも、いきなり下半身をさらけ出すだけでも考えられないのに、どうやら、さらにとんでもない瞬間まで見ることができるらしいのだ。

 いまや、男子のほとんどが席を立ち、教卓の周りに集まっていた。そんな彼らを、美香は追い払うこともできずにいた。

 そんな中、純枝はゆっくりとバケツの少し後方にしゃがみ込む。

「教卓のそばの男の子たち、見るときはしゃがんでください。席に座ってる女の子たちに見えなくなっちゃうから……」

 羞恥に顔を真っ赤にさせている女子たちを尻目に、男子たちはよりヒートアップしていく。それは、教卓の周りに鈴なりになっている彼らに対して、純枝が注意をしなければならないほどだった。