少女に腕を引っ張られた私は、促されるままに、風呂椅子へと腰掛けていました。先ほどの言葉と、この行動から、彼女が行おうとしていることは明らかなようでした。
「瑠美、いっつもお爺ちゃまのお背中、お流ししてますから、とっても上手ですよ。和人お兄ちゃんも、きれいきれいにしてあげますねっ」
両手にスポンジを持ったまま、少女はどこか得意げな口調で、そう告げてきました。
「あ、あぁ……。ありがとう……」
この期に及んで拒否する気概もなかったのでしょう。私は、思わずそう答えました。
「それじゃ、和人お兄ちゃん。いきますよ」
そう言って、私の後ろでしゃがみ込んだ彼女は、背中にスポンジをあてがい、こすり始めました。ゴシゴシといった感じ……どころか、実際に「ゴシゴシ」と口に出しながらです。
それは、実にたわいない光景のように思えました。それこそ、子供が父親の背中を洗ってあげる、そんな無邪気な行為に思えたからです。
そんな、リズミカルなスポンジの動きを背中に感じながら、私はあることを考えていました。それは、これまでの出来事についてです。
もうすぐ小学校六年生になる女の子が、かろうじてまだ十歳だということで、男湯に入ってきたこと。そして、まるで幼女のように、私に服を脱がせてもらったこと。それらの出来事は、たしかに普通ではないようにも思えましたが、それでもあり得ないとも言い切れませんでした。老人が言ったように、少女がとてつもなく甘えんぼならば、そして、私が推察したように、彼女の身体的成長に精神的成長が追いついていなかったならば、納得することはできたでしょう。
また、私に体を洗ってもらったことそのものについても、同じように説明はついたかもしれません。
それでも、割れ目の中に指まで入れた時には、どこか腑に落ちない思いもしてはいました。ですが、知識も経験もありませんでしたから、これが女の子の体を洗う普通の方法だと言われれば、否定のしようもなかったのです。
そうではあったのですが、さすがに、彼女のお尻を洗ったあたりから、私の疑念は強まっていきました。その時は、場の雰囲気にすっかりと飲み込まれ、少女の肛門に自らの指を差し込んでしまったわけですが、それはどう考えても普通の行為ではありませんでした。もちろん、割れ目を洗った時同様に知識などなかったのですが、それでも、女の子はお尻の穴に指を入れて洗うのだなどと言われても、信じることは難しかったでしょう。なにしろ、その部分は男女の別なくあるのに、男の自分はそんなふうにして洗ったことなどなかったのですから……。
「……ちゃん」
不意に、声がしたような気がしました。
「……和人お兄ちゃんたらぁ。聞いてますか?」
それは、気のせいではないということが、すぐにわかりました。知らぬ間に思索にふけっていた私は、その呼びかけに、現実へと引き戻されていました。
「あ、あぁ、ごめん、瑠美ちゃん。えっと……、なに?」
「もう、和人お兄ちゃんったらぁ。お背中が終わったから、こっちを向いてくださいって、言ったんですよぉ……」
「えっ? で、でも、背中を流すだけなんじゃ……」
戸惑っている私に、老人が声をかけてきました。
「和人くんや、それは言葉のあやじゃて。本当に背中だけしか洗わんわけがなかろうに……」
たしかに、そう言われれば、そうかもしれません。それでも、少女に背を向けたまま、とっさには動けずにいた私に対して、彼女はしびれを切らしたようです。
「もう、和人お兄ちゃんたら。イジワルしないでください……」
「い、いやっ、そんなつもりは……」
「もうっ、こっちを向いてくれないなら、瑠美にも考えがありますよっ?」
ほんの少しだけ憤慨した口調でそう言った彼女は、予想外の行動に出ました。か細い腕を私の腰にまわすとともに、成長途上の胸を私の背中にあてがってきたのです。
その感触に、私は思わず、生唾を飲み込んでいました。まるで、後ろから抱き締められるようなかたちになってしまったために、少女の胸が、私の背中にピッタリと密着していたのですから。
「る、瑠美ちゅん、なにを……?」
「もう、このまま、和人お兄ちゃんのお胸とお腹、洗っちゃいますから……」
そう言った少女は、スポンジを私の前にまわすと、その部分を洗い始めたのです。それは、私が最初に彼女の腹や胸を洗おうとした方法とほぼ同じでしたが、それは偶然なのかそうでないのかまでは、わかりませんでした。
彼女の柔らかな素肌の感触を背中に抱き、もちろん興奮の度合いが高まっていきました。なにしろ、スポンジを動かすごとに、彼女の体そのものも上下左右に動いてしまったのです。そのため、彼女の丸みを帯びた胸が、私の背中も同時にこすりあげていたのですから。
それは、今の知識からするならば、ある種の風俗店の行為を思い起こさせるものでした。もちろん、彼女が意図して行ったのではないとは思います。胸を密着させることが目的ではなく、私の前側を洗うべく、背後から腕を前にまわしたために、結果としてそうなっただけなのでしょう。ですが、行為そのものとしては、その種のものと同じだったのです。とはいえ、当時の私は、そんなことなど知るよしもなかったのですが……。
当然のように、このままずっと、この感触を味わっていたいという思いもあったはずです。なにしろ十六歳の少年ですから、急速に高まっていく性的興奮と、それに伴うかのように、ますます高さを増していくタオルの張りを感じながら、そう思わないわけがありません。
それでも、理性の部分で、その淫らな気持ちをはねのけたのだと思います。私はなんとか、言葉を発していました。
「ま、待って、瑠美ちゃん……。向くから、そっちを向くから、ちょっと待って……」
「もう、和人お兄ちゃんたらぁ。このまま洗っちゃいますから、いいですよぉ……」
そう言った彼女は、さらに速度を増して、スポンジを動かし始めました。それは同時に、背中に当たる胸の動きも早まっていることを意味しました。
「い、いや。向くから……」
「だ、大丈夫ですからぁ……。瑠美……、ちゃ、ちゃんと、きれいきれいしてあげますぅ……」
少女の声が、どこか艶めかしいものに変わっていることに、私は本能的には気づいていたのだと思います。それでも、その意味するところにまでは、相変わらず思い至らなかったわけですが、様子がおかしくなっていると思った私は、有無を言わさず、体の方向を変えていました。つまりは、彼女の方へと向き直ったのです。
「もう、和人お兄ちゃんたらぁ……。いまさら、遅いですよぉ……」
「ご、ごめん、瑠美ちゃん……」
向き合った彼女の頬は、どこか上気しているように見えました。それは、風呂の熱気のためだったのかどうか……。もちろん、今の私ならば、そうではないと推測できますが、その時の私は、そこまでは考えが及ばなかったと思います。
「瑠美も、文句ばかり言うでない。この方が洗いやすかろうて。それに、和人くんがそっちを向いてくれたのじゃから、言うことがあろうに……」
軽い叱責を含んだ、老人のその言葉を受け、少女は少しシュンとした様子で囁きました。
「和人お兄ちゃん、ありがとうございます。そして、ごめんなさい……」
「そ、そんな。瑠美ちゃんは、なにも悪くないよ。気づかなかったオレが……、こっちを向かなかったオレが、悪いんだから……」
彼女の様子に、私は慌てて、そう答えました。実際、彼女は謝るようなことなどなにもしていないという思いがあったからです。
私の言葉に、少女はどこかホッとした表情を見せていました。そして、目の前にしゃがみ込んだまま、私の前面を洗い始めたのです。
そのため、スポンジを上下左右に動かすたびに、小ぶりな胸がプルンプルンと揺れる様が、はっきりと見て取れました。そして、そんな頂の一部分が赤くなっていましたが、それは私の背中にこすれた部分なのだと、思い至ったものです。
そんな光景を見ながら、当然ながら淫らな気持ちは抱いたはずですが、それとは別に、ある考えも頭に浮かんでいました。
少女は、私の体を洗っていました。それも、誰に指示されるでもなく、しっかりとです。たしかに、いつも祖父の背中を流している……、つまりは体を洗っていると言っていたので、それ自体はおかしなことではなかったかもしれません。
しかし、やはりそれは、おかしなことのように思えていたのです。彼女の行動は、ある事実を述べていました。つまりは、少女は体を洗うことができるということです。それは、年齢から考えれば当然とも言えるのですが、であるならば、なぜ彼女は、自分の体を人に、つまり私に洗ってもらったのでしょうか。それは、やはり子供っぽくて、甘えんぼだからなのか……。たしかに、表面的にはそうなのですが、やはりどこか腑に落ちないような気がしてならなかったのです。
「和人お兄ちゃん……」
再び、私を呼ぶ声が聞こえました。前回の経験があったためか、私は思考の迷宮からすぐに抜け出し、その声に応えていました。
「なに、瑠美ちゃん?」
「瑠美、和人お兄ちゃんのお腹とお胸、きれいきれいしました……」
「あ、あぁ……、ありがとう、瑠美ちゃん……」
たしかに、私の上半身は、前側も後ろ側も、すべて泡で覆われてしまったようです。もちろん背中側は見ることはできなかったのですが、感覚でわかりました。
これで終わりかと思った私でしたが、そうではないということが、すぐにわかりました。
「それじゃぁ、和人お兄ちゃん。タオル、とってください……」
少しはにかんだような感じで、少女はそれでもはっきりと、そう言ってきたのです。