「遅いじゃないの、裕太くん。まさかとは思ったけど、来ないのかって、心配してたのよ?」
とある中学校。その家庭科室へとやって来た男子生徒のことを、女子部員たちはすでに待ち構えていた。そして、すぐさま彼のもとへ近づくと、そのうちの一人が、出迎えの言葉をかけた。
だが、彼はなにも答えない。俯いたまま、唇を軽く震わせ、頬を朱に染めたままだ。そしてその様は、裕太が羞恥と屈辱に包まれていることを、如実に表すものだった。
それに対して、彼の気持ちになどまるで気づかないかのように、先ほどの少女が言葉を続ける。そんな彼女は、家庭科部部長である真理江だった。
「それじゃあ、始めちゃいましょうか」
そう宣言をした彼女だったが、それに続くかのように、他の女子部員たちも、裕太へと声をかけていく。
「どうかなぁ、裕太くん。今日は大丈夫だったかなぁ?」
「裕太くんが失敗しなかったかどうか、すぐに確認してあげるからねっ」
「全部まかせてね。裕太くんは、おとなしくいい子にしててくれればいいから……」
そして、彼女たちは、裕太のことを取り囲み始めた。
「や、やめて……」
無駄なことは百も承知。だが、それでも裕太は、本能的に抗おうとする。しかし、多勢に無勢、あっさりと後ろ手を取られてしまった。
「ほらぁ、裕太くん。なんて言うんだっけ? ちゃんと、お願いできるよねっ?」
口調そのものは優しげ。それこそ、まるで幼児に語りかけるような感じさえする。だが、実際の光景は、数人の女子部員たちに、裕太が羽交い締めにされているというものだった。
「せ、先輩……」
ささやくように発せられた裕太の言葉。だが、聞き逃されることはなかった。
「んっ? なんて言ったのかなぁ?」
相変わらず優しげな問いかけだったが、真理江の目は笑っていない。
「……ま、真理江……お姉ちゃん。お、オレの今日のトレーニング結果を……、か、確認してください……」
「はい、よくできました。ちゃんと『お姉ちゃん』にお願いできて、裕太くんはエラいエラい……」
そんな、小さな子供を褒めるかのような、さも穏やかな口調は、裕太の屈辱を増す効果しかなかった。
そして、そんな彼の心情など、真理江にとっては、すっかりお見通しであった。だが、そのことはおくびにも出さずに、話を続ける。
「それじゃあ、おズボン、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」
その言葉とともに、なんの遠慮もなく、制服のズボンへと手がかけられる。そして、瞬く間に脱がせ始めた。
裕太は、異性の手で下半身を探られる行為に、未だ慣れることができない。いや、慣れることなどできないのではないかと、思わずにはいられない。
だが、そんなことを考える間もないほどの早業で、学生ズボンは足首まで降ろされてしまう。そのため、裕太の下半身を覆う下着が、もはや、すっかりとあらわになっていた。
いまや、少女たちの視線を一心に集めているそれは、一般的なブリーフと形状はまったく同じ。だが、前割れが見当たらない上に、どこか厚ぼったく感じる。
「あーあっ、裕太くんたら。今日も失敗しちゃったのね?」
女子部員の一人が、表面上は裕太のことを思いやるような感じを見せつつ、実際には少し馬鹿にしたような声をあげた。
なぜならば、朝に穿かせたときには白だったそれが、放課後を迎えた今では、股間のあたりを薄黄色に染め上げていたためだ。そして、そのみっともない染みがなんなのか、女子部員たちも、そして裕太自身も、充分すぎるほどに理解していた。
「これじゃあ、裕太くんは、まだまだおねしょパンツを卒業できないねっ」
その少女の言うとおり。裕太が穿いていたそれは、おねしょパンツ……、別の言い方をすればおねしょ用布パンツだった。それは、表側のパンツとは別に、オシッコを吸収するための吸水層付きのパンツが内側に仕込まれているため、かなりの厚さを感じさせる。そのため、知らない人が見ても、一般的なパンツではないことは一目瞭然だった。
しかも、本来であればオシッコをしっかりと受け止めるべく設計されたそれが、表面までもが薄黄色になっていることから、そのおねしょパンツが想定している以上のオシッコを裕太がしてしまったことも、また明らかだった。
「裕太くん、泣かなくってもいいんだよ。お姉ちゃんたち、怒ってるんじゃないんだからね」
「そうだよ、裕太くん。今日は失敗しちゃったけど、明日からまた、お姉ちゃんたちと一緒に、トイレトレーニングがんばろうねっ」
「裕太くんのオシッコ、おねしょパンツがしっかり受け止めてくれるから、心配しなくても大丈夫だよ」
「そのために、おねしょパンツ穿いてるんだもんね」
「いつかは必ず、パンツのお兄ちゃんになれるから。気落ちしないでね、裕太くん」
女子部員たちの言葉は、表面上、裕太のことを気遣っているかのようにも取れる。その口調も、さもいたわっているかのように優しげだ。だが、実際には、それらの言葉すべてが、彼のことを蔑み侮辱していることは明らかだった。
あまりの惨めさに、泣き出しそうな顔をしている裕太。だが、これはまだほんの序の口。このあと行われることの方が何倍も恥ずかしくて惨めなことは、ここ数日の経験から、充分すぎるほど承知していた。
「もう、いいだろ……」
それは、本当に小さな、つぶやきともいえるものだった。だが、はっきりと発せられたその言葉に、あたりが一瞬静まりかえった。
「もう、許してくれよ。お願いだから……。オレ、もう、こんなの……」
だが、そこまで言ったところで、拘束している女子部員たちに、後ろ手をひねられてしまう。その途端、裕太は悲鳴をあげ、苦悶の表情を浮かべた。
そんな、下級生の少年の様子に、真理江はほくそ笑んだ。だが、表面上は冷静に、さも幼子を諭すかのような、優しい口調で話しかける。
「あら、許すってなんのこと? お姉ちゃんたちは、裕太くんのトイレトレーニングの結果について、話し合っているだけなのよ。裕太くんも、失敗しちゃったことについて、お姉ちゃんたちにいろいろ言われるのは恥ずかしいと思うわ。でも、お姉ちゃんたちのお話をしっかりと聞いて、おねしょパンツをはやく卒業できるように、がんばりましょうね」
それは、論点のすり替えに他ならなかった。そもそも、因果関係がまったく逆なのだ。それにもかかわらず、さも当然のように言い切ると、裕太に対して穏やかな笑みを浮かべる。だが、相も変わらず、目は笑っていない。
――どうして、こんなことになってしまったのだろうか。ほんの一週間前、もしあんな事態にならなければ……、いや、せめて彼女たちにさえ見られていなければ……。
裕太は、深い後悔と絶望の中、その日のことを思い返さずにはいられなかった。