年度が替わり、新しい学年を迎えた数日後のこと。うららかな陽気のなか、放課後の保健室に一人の少女がやって来た。
「えっと……、大鷲真綾さんね。昨日はお風邪かなにかだったの? もう、元気になったかしら?」
そんな彼女に、女性が優しく話しかける。その問いに、真綾はコクリと頷いたものの、その様子はどこかおかしい。なにか後ろめたいことでもあるような、落ち着かない雰囲気を感じさせる。だが、そのことに気づいているのかいないのか、女性は安心したような表情を見せた。
「それはよかったわ。それじゃあ、お休みしてて受けられなかった、身体測定をしちゃいましょう。脱いだら、そこのかごに入れてね」
そう促した女性の名前は大森冴子。この学校の保健教諭だった。前日に行われた身体測定を、真綾一人だけが休んでしまい、あらためて検査をする必要があったのだ。
「は、はい……」
だが、当の少女は、ささやくように答えるのみで、動こうとしない。長い髪をハーフアップにした彼女は、肩をこわばらせたまま、ぎこちない素振りを見せている。
「どうしたの、大鷲さん? 制服を脱いでもらわないと、始められないわよ?」
そんな様子に、保健教諭が再び促す。
「あの、先生……。どうしても……、受けないとダメですか?」
だが、少女は頬を朱に染めたまま、再びささやくように答えた。今や、目に涙までを浮かべている彼女のことを、冴子はさすがに妙な思いで見ていた。
今回の進級で、彼女は最高学年になっていた。思春期となり、身体的にも第二次性徴を迎えていることは制服の上からでもわかる。そんな年頃の女の子であるからには、制服を脱いで下着姿になるのが恥ずかしいということも、保健教諭としてはわからないでもなかった。だが、それにしても、真綾の態度は頑なすぎる。
もちろん、このような恥じらいを見せるのは、彼女のみに限ったことではない。情報過多な現代、ある程度の年齢ともなれば、下着を見せたり、ましてや胸を露わにするなどということに恥ずかしさを感じるのは、ある意味では当然ともいえる。それもあって、高学年ともなると、男女が同じ教室で着替えをすることもなくなっていたし、当然のごとく一緒に身体測定を受けるということもない。それぐらいの配慮はなされていた。
ましてや、今この場にいるのは、真綾と冴子の二人だけなのだ。確かに、彼女が度を超した恥ずかしがり屋ということは考えられる。だからといって、受けてもらわないというわけには、もちろんいかない。
「受けないとダメって……、もちろん、受けてもらわないと困ります。身体測定の日に休んだからって、受けなくてもよくなるなんて、まさか大鷲さんだって思ってないでしょ?」
だが真綾は、俯いたまま黙り込んでしまう。その様子から、そのように思っていた、少なくとも期待をしていたのではないかと、保健教諭は思わずにいられない。
「……ねぇ、大鷲さん。なにか恥ずかしいの?」
真綾のことを慮り、優しげな口調で問いただす。
「ここには、先生と大鷲さんしかいないのよ? 女同士、別に恥ずかしがることなんてないでしょ、ねっ?」
やはり真綾は答えない。長い沈黙。重苦しい空気が、保健室を満たす。
保健教諭は、深くため息をついた。こうしていても埒はあきそうにないと感じた彼女は、最後の手段に出ることにした。もちろん、使いたくはなかったが、仕方がない。
「大鷲さん、どうしても脱いでもらえないのなら、他の先生も呼んできて、無理矢理に脱がせることになりますよ。それでもいいんですね?」
それは一種の脅しだった。もちろん、冴子としてもこんなことは言いたくなかったし、実際にそこまでやろうとも思ってはいなかった。これは、少女が自主的に脱いでくれることを期待しての方便に過ぎない。
そして、その方便は効いたようだ。突然強い口調で言われたことに、真綾は思わず顔を上げた。そして、蚊の鳴くような声でささやく。
「……ぬ、脱ぎます。だから、他の先生は呼んでこないで……」
彼女の口調は、もはや哀願に他ならなかった。
「脱ぎますから……」
「大鷲さん、わかってくれれば、それでいいのよ。他の先生は呼んできません」
「ほ、ホントですか……?」
「もちろんよ。その代わり、きちんと制服を脱いで、身体測定を受けてくれたらの話よ」
「わかりました。ちゃんと受けます……。でも……」
そこで一瞬言葉を切ると、保健教諭を見つめた。耳まで真っ赤にした少女は、小さい声ながら、はっきりと問いただした。
「私の身体を見ても……、変に思ったりしませんか?」
やはり、彼女は自分の身体にコンプレックスを持っているのだと、保健教諭は思った。それは、胸が小さすぎるとか大きすぎるとか、未だ発毛がないとか、逆に毛の量が多いとか、その類いのことなのだろう。それらのことは、あくまでも他人と比較した場合の相対的なものでしかない。大人の自分から見たらたわいもないことだが、真綾くらいの年頃の女子児童にとっては、大問題であろうことも理解できた。それは、保健教諭という立場からも、かつての実体験からも十分にわかる。そして、そんな彼女の心情をいたわるように、あらためて優しい口調で促した。
「もちろん、そんなこと思ったりしないわ。だから、恥ずかしがったりしなくって大丈夫だから、ねっ?」
真綾はコクリと頷くと、おもむろに手を動かし始めた。まずは、ソール部分が学年カラーになっている上履きを脱ぐと、白いハイソックスも脱いでしまう。そして、靴下は傍らの脱衣かごへと入れた。その次に、制服の上着である紺のシングルイートンへと手を伸ばし、三つあるボタンをすべて外してしまう。そして、それを脱ぐと、同じように脱衣かごへと入れた。次いで、紺の吊りスカートの肩紐をずらすと、両腕から抜いてしまう。そしてそのままスカートを脱いでしまうと思われたが……、彼女はそうしなかった。
躊躇しているのかと、保健教諭は思った。それはある意味で合っていたのだが、真綾は予想外の行動を始めた。肩紐を外しただけのスカートを身に着けたまま、ブラウスへと手を伸ばす。それは、大きな丸襟のついたどこか子供っぽいデザインの白いブラウスだったが、その前にあるボタンをひとつずつ外していく。そして最後まで外し終えると、スカートからブラウスの裾を引き抜き、完全に脱いでしまう。そしてそれも、脱衣かごに入れた。
ちらっと顔色をうかがってきた真綾に、保健教諭は何も言わない。
彼女は諦めたかのように、脱衣を続ける。肌着を身に着けていなかったため、胸元を優しく覆っている白い布が、すっかりと露わになっている。それは、ホック式ではなくかぶりこむタイプだったが、小さいながらもきちんと二重になっているカップが形取られていた。そして、その柔らかなファーストブラに手をかけると、そのまま上方向へと脱いでしまう。頭と両腕から抜き取られたそれは、やはり脱衣かごへと入れられた。
保健教諭の目の前に、上半身を露わにした真綾が立っていた。彼女の胸は慎ましやかながら、子供とは明らかに違う、歴然たる成長を見せていた。その小さな丘の頂に息づいている突起も、まだほとんど肌の色と変わらないものの、それでもはっきりとした主張を見せ始めている。だが、そんな成長途上の胸をさらしたまま、少女は俯いてしまう。手で覆うようなこともしないところを見ると、そこには真綾のコンプレックスはないようだ。
「あの、先生……」
突然、真綾はつぶやくように言った。
「これじゃ、ダメですか?」
「えっ?」
「スカート履いたままじゃ……、ダメですか? これでも、身体測定、できると思うんですけど……」
肩紐を外したにもかかわらず、スカートそのものを脱がなかったことに奇妙さを感じていた冴子だったが、これで合点がいった。少女はスカートを脱ぎたくないのだ。
「どうして……、スカート脱ぎたくないの?」
当然の疑問だった。
「なにも、パンツまで脱げって言ってるわけじゃないのよ。スカートぐらい脱いでも、別にどうってことないでしょ?」
保健教諭の言うとおりだ。別に全裸になれと言っているわけではない。パンツ一枚で……、逆に言えば、パンツは穿いたままで身体測定を受ける。それぐらいのことは、過去五年の経験から、彼女もわかっているはずだ。であれば、なにが恥ずかしいのか。別にスカートを脱いだところで、さしたる影響などないように思える。
「このままじゃ、いつまでもお胸を出したままよ。その方が、よっぽど恥ずかしいんじゃない?」
「で、でも……。私……、やっぱり……」
「もう、大鷲さんったら。恥ずかしがらなくっていいって、言ってるじゃない。すぐ終わっちゃうことだから、早くスカートを脱いで、ねっ?」
だが真綾は、頑なに、首を横に振る。
「なにが恥ずかしいの? 先生に、パンツ見られちゃうのが恥ずかしいわけでもないでしょ……」
だが、そこまで言った冴子は、真綾が頑強に拒否する理由がわかったような気がした。パンツを脱いでしまわない以上、発毛の有無やその濃さを恥ずかしがっているのではないことは明らかだ。とすれば、パンツそのものが恥ずかしいのではないか。
つまりはこういうことだ。休んだ代わりの身体測定を今日の放課後に行うということは、当日に聞かされたはずだ。そのため、事前に知らされていなかった彼女は、人に見せたくないパンツを穿いてきてしまったのではないだろうか。それは、例えばアニメキャラやファンシーキャラのプリントされた子供っぽいものなのかもしれない。具体的なことはわからないが、思春期を迎えた真綾としては見られたくない、そんなパンツを穿いているのだろうとあたりをつけたのだ。
「ねえ、大鷲さん。先生、どんなものを見ても、笑ったりしないから。それは絶対に約束するから。ほんの数分だけ、スカートを脱いでくれるよね。そして、早く終わらせちゃいましょう。ねっ?」
内心ではやれやれと思いつつも、優しく諭し続ける。その言葉と態度に、真綾はついに折れたようだ。コクリと頷くと、手を動かし始めた。
既に肩紐は抜いてしまっている吊りスカートのホックに手を伸ばすと、それを外してしまう。そして、ファスナーを下げ終えたところで、一瞬動きが止まる。だが、次の瞬間には、彼女の手はスカートから離されていた。重力に従って落ち、足元に広がった紺色の布地を、少女は手早く回収すると脱衣かごへと入れた。
とうとうパンツ一枚となった真綾だったが、その前面を、素早く手で覆ってしまう。少女が意図したとも思えないが、その格好は、男性が局部を覆い隠している様とまったく同じだった。
だが、その様子を見て、保健教諭は自分の考えの正しさを確信した。その手のひらの内側、パンツの表面にはなにがあるのだろうか。幼げなキャラクターなのか、それともオシッコをチビってしまって染みでもできているのか。それはわからないが、こんなにも手をかけさせられるほどの重大事ではないように思えた。もっとも、年頃の少女の羞恥心もわからないではなかったが……。
「それじゃあ、大鷲さん。なるべく早く、終わらせちゃいましょ。まずは、身長を測っちゃうから、こっちに来て」
その言葉に促され、身長計のそばへと移動する真綾。相も変わらず、パンツの上を押さえたまま、へっぴり腰でだ。そして、その格好のまま、記された足形に合わせて台座に載った彼女だったが、当然ながら、保健教諭からの注意を受けてしまう。
「ほら、大鷲さんったら。そんなに身体を曲げてちゃ、測れないでしょ。シャンと背を伸ばして、手は両脇につけて」
「でも……」
「でも、じゃないでしょ? こんな格好じゃ、身長が測れないことぐらい、大鷲さんでもわかるでしょ?」
真綾はとうとう観念したのだろう。事ここに至って、今更免れることなどできないと覚悟を決めると、背筋を伸ばし、後ろのバーへとピタリとあてがう。それと共に、前を覆っていた手は、両脇へと揃えられた。